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名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)48号 判決

控訴人 被告 松葉憲太郎

訴訟代理人 浜口雄

被控訴人 原告 伊藤健造

訴訟代理人 野呂正達

主文

原判決を次の通り変更する。

津地方裁判所伊勢支部昭和三十三年(ヨ)第一五号仮処分命令申請事件について同支部の昭和三十三年八月八日仮処分決定中伊勢市吹上町四九三番地木造瓦葺平家建居宅家屋番号三八七番(約二十坪及び約七坪)に関し為した仮処分決定は、被控訴人において金十五万円の保証を立てるときはこれを取消す。

訴訟費用中第一審費用は控訴人の負担とし、控訴費用を折半しその一を控訴人、他を被控訴人の負担とする。

此の判決は第一項に限り仮に執行することが出来る。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の申立はこれを却下する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、

(一)、控訴人は昭和三十一年四月二十三日津地方裁判所伊勢支部昭和三十一年(ヨ)第一一号事件で「伊勢市吹上町四九〇、四九三番地上に新な工作物の設置や既存建物の改造、造作替え、占有移転等を禁止する」旨の仮処分決定を得た。被控訴人は同仮処分決定を無視して昭和三十一年五月から同三三年五月まで別表(末尾添付)の通り右地上に建物五棟を新築し売却し、又は右仮処分当時同地上に存在した建物四棟を売却もしくは売買予約をなした。

(二)、被控訴人は昭和三三年五月頃から伊勢市吹上町四九三番地木造瓦葺居宅家屋番号三八七番実坪約四十坪(以下本件建物という)を改造し始め、同年七月頃には、一部の間仕切りを障子、ふすま、から壁となし、貸間、下宿屋、貸家向きとして使用できる状態とし、又同地上の約一四〇坪の二階建製材工場の二階に窓を開け、床を張り、畳、障子を持込めば住居として使用可能の状態とした。本件仮処分申請当時である昭和三十三年七、八月頃においてさえ、大工、人夫等を入れて本件建物や工場に造作を加え、同建物の二階の一部え動力用ベルトが通じる部分をふさぎ部屋となした。(この事実をうむに至つた原因について、控訴人に不法行為のあつた旨の被控訴人の主張はこれを否認する。この主張は異議事由ないし本案判決にまつべきものである。)よつて控訴人は右支部昭和三三年(ヨ)第一五号土地退去仮処分命令申請事件において、被控訴人の前記家屋番号三八七番の居宅と工場とに対する被控訴人の占有を解き、その居住を許さない旨の決定を得た。控訴人は昭和三十三年八月二十日右決定に基き被控訴人の本件建物及び前記工場より退去を求むべく津地方裁判所所属執行吏中原元二をして執行に着手せしめたが、本件建物については現在その執行を完了してない。

(三)、被控訴人は昭和三十一年度の仮処分当時の現状に回復する努力をしてないし、その環境、資力、経済的信用から見てその回復は不能である。却つて今後の生計次第では仮処分違反はもとより本案判決の執行妨害をすることも意に介しないといえる。これを防止する方法は本件仮処分の認可を得る外はない。

(四)、被控訴人は前記のように昭和三十一年の仮処分違反をなし、原状回復の努力をしないで自ら仮処分決定に違背しその結果として異常の損害を蒙る事態を招いておきながら、右決定の取消を求めるのは条理に反し許されない(昭和二四年七月二十日東京地方裁判所判決参照)。

(五)、本件建物が一度第三者名義に登記されたり、占有されたり又は一度建物を建築したり、増改築をしたりすると、それを原状回復することは、社会通念上不可能といつてよい。被控訴人が再度本件建物等を第三者に占有せしめるならば、控訴人がその原状回復を訴求するには長年月と多額の保証金や経費を要するのは経験則の示すところである。このような場合金銭補償で償えるというのは、仮処分の仮差押化を来たすものである(昭和三十一年一月二十日東京地方裁判所判例参照)。

(六)、被控訴人が前記のように度重る仮処分違反をしながら、本件建物についてだけ第三者に占有を移転することはないということは出来ない。本件仮処分当時に前記工場の二階え障子、畳を持込むと、居住出来る状態にあつたのである。そればかりか当時本件建物は改造、修繕等により少くとも間貸してもよい状態になつていたのであるから、被控訴人がその占有を第三者に移すまいという根拠は全然ない。

(七)、控訴人が被控訴人の本件家屋に対する占有解除を主張し続ける目的は、現実の占有が被控訴人にある限りその現状に信頼し、第三者の入居する恐れがあることである。現実の占有を奪えば第三者に対する対抗要件を備えるまでもなく取引に当つて現状を見て決めるのが通例であるから、第三者が入居したり、所有権取得をする可能性がないのである。

(八)、生計費の増大は特に病人の生活に差支えるとか営業の利益喪失により生活不能になるとかの特別の場合を除いて甚大な損害と判断することが出来ない。被控訴人は昭和三十三年十二月二十日金七万円の保証金を供託したが、七万円の敷金を出すと入居先に困難を来たさないと社会通念上考えられる。それにもかかわらず、金銭保証で仮処分を取消すというのはすべての仮処分に対し金銭保証による取消を許すことになり、仮差押と仮処分との混同であるといわなければならぬ。なお異常損害による特別事情は禁反言ないし衡平の観点から決めらるべきである。

(九)、控訴人はその長男に本件土地で医師として開業せしめ、その利益配分を得たい考である。

(十)、本件建物について執行吏占有さえも附せない理由が明確でない。執行吏占有に移した上で被控訴人の使用を許し、被控訴人が占有移転、占有名義移転を為すことを禁じその旨執行吏に公示させる旨の裁判を仮定的に求める。

(十一)、被控訴人が立てた保証金額金七万円は次の理由で少な過ぎる。

(1)、被控訴人が第三者に本件建物を移転し、控訴人が第三者に対し訴訟をすると同家屋所在の土地の評価は金百万円をこえること明かであるから(疏乙第一号証)、その訴額約五十万円である。若し控訴人において弁護士費用を訴求し認容せられれば少くとも訴額の五分の二万五千円以上は認められるし、同貼用印紙額も約金四千円である。証人費用はかなりの額にのぼるだろうし、代替執行を要するかもわからない。これらの費用の何程かは、執行不能、遅延又は仮処分違反と関係があり、そのため控訴人の受ける損害は七万円では担保されない。控訴人が本案訴訟において土地明渡済まで、月四千四百十円の割合による損害金の支払を求めたのは少しでも訴訟を早く終了せしめる為、問題を避けて請求したのであつて、如何なる得べかりし利益の喪失を蒙るかは別問題である。

(2)、被控訴人が使用している土地は八四七、〇四坪(疏乙第一、第二号証参照)で、坪当り地代月額五円として二千二百三十五円年額五万八百二十円となり明渡が一年あまり遅延すると、七万円の保証金では、控訴人の計画による得べかりし利益に充たないのは勿論、地代相当の損害額にも足らない。

従つて、被控訴人の保証は原審の三倍以上、少くとも特別事情による取消であるから仮差押解放金額に準じて考え、控訴人の原審における金二十万円の保証額と同じであるべきと思うと述べ、

被控訴代理人において、

(一)、控訴人の提起せる伊勢支部昭和三十一年(ワ)第四三号土地明渡請求訴訟は最初不法占有を原因として居たが、其の後昭和三十三年六月五日請求原因を変更して控訴人は被控訴人に対し本件土地を賃貸していたが、昭和三十三年五月に至り賃貸借契約を解除したと主張し右契約解除を原因とするに至つた。右本訴の変更により明白な通り本件仮処分当時被控訴人が本件土地を不法占有をしていたのでない。従つて右仮処分理由は当初から存在しなかつた事となり、同仮処分は失当である。

(二)、製材工場の二階の窓、床等は従来から存在して居たものであり、又控訴人の長男は本件土地を除いても優に医師の開業を為すことが出来る。

(三)、被控訴人は本件仮処分に対し異議申立の事由が明白であると信じたが、早急に決定を受ける実際上の必要から本件取消の申立に及んだ。

(四)、仮処分において権利本来の内容を保全することが窮局において金銭的価値を保全することでその目的を遂げ得る場合は特別事情があるとして債務者をして不必要に不利益を忍ばせてまで、債権者を保護すべきでないこと勿論であるから、かかる仮処分は債務者をして保証を立てさせることによりこれを取消し得るものとする。この考え方は更にそのほか、債権者が仮処分によつて受ける利益に比し債務者がそれによつて受ける不利益が著しく多大であるような場合にあつても当事者双方の利害関係を衡量して債権者をして金銭的保証を以て満足せしむべきものとすることにまで発展する。特別事情による仮処分の取消を規定した民訴第七五九条はかくの如き考慮の下に立法せられたものと解せられるのである。(昭和二七年一二月二五日最高裁判所判例、同裁判所判例集第六巻第一二号)。

(五)、現下の住宅難の状況では金七万円の敷金を出しても入居先を求めるのは困難である。仮に移転先があつても月々の生活費の増大は甚大でこれは特別事情に該当する。仮処分の取消により控訴人の蒙る損害としては土地明渡遅延の為若干の損害を受ける虞があるというに過ぎない。実際損害が発生してもその損害は反証のない限り、宅地約九百十一坪について一ケ月金四千四百十円の範囲を出ない。

(六)、控訴人の長男は研究生であつて相当大規模の病院を経営してこれを維持する能力に疑があるし、控訴人にこれを建設維持する経済的能力に疑がある。

(七)、控訴人の主張の如く地代一坪一ケ月金五円としても本件家屋の敷地は約三十坪であるから、一ケ月の地代は金百五十円に過ぎなく一年金千八百円を出でないから、本件保証金額が少な過ぎることはない。

と述べた外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

疏明の関係は、控訴人において疏乙第一、第二号証を提出し、当審における控訴本人尋問の結果を援用し、疏甲第六号証の成立を認め同第七号証を知らない、と述べ、被控訴人において疏甲第六、第七号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、疏乙第一号証の成立を認め、同第二号証は知らないと述べた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人は、伊勢市吹上町四百九十三番地宅地の所有者であつて、被控訴人に対し昭和三十一年四月二十三日伊勢市吹上町四九三番地上に新な工作物の設置や被控訴人所有既存建物の改造、占有移転等を禁止する旨の仮処分を伊勢支部に申請し、同支部は同日昭和三十一年(ヨ)第十一号をもつて、右同趣旨の仮処分決定をなし、次いで控訴人は被控訴人等を被告として同支部に対し前記土地明渡等の本案訴訟を提起し、同支部昭和三十一年(ワ)第四三号として係属中である事実、控訴人は被控訴人が右仮処分決定に違反して其の後右宅地上に家数棟を新築した上、他に売却し、同地上建設の被控訴人所有の居宅竝に工場に改造を加えたということを事由にして、昭和三十三年八月四日被控訴人に対し前記土地明渡等の本件仮処分命令を当庁に申請し(同支部昭和三十三年(ヨ)第一五号)、同月八日同支部において被控訴人の伊勢市吹上町四九三番地所在の木造瓦葺平家建居宅家屋番号三八七番約二十坪及び約七坪と木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建工場家屋番号三八七番約百四十坪に対する占有を解き被控訴人の委任した執行吏にその保管を命ずる。執行吏は被控訴人が右建物内に存在する所有動産を搬出することを許すことができる。ただし荷物を搬入居住することを許してはならない。執行吏はその保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない旨の仮処分の決定を為した事実はいづれも当事者間に争がない。

原審証人平居禎祐、伊藤末吉の各供述、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を彼此考え合せると、被控訴人はその妻及子供五名(男四名、女一名)の家族と共に前記家屋に居住し、本件仮処分により同家屋から立退かされるときは、到底四ケ月や五ケ月の短期間で移転先を求めることが出来なく一家途方に暮れる外ない事実が疏明せられ、これを打消すに十分な反対疏明は存在しない。このことは、仮処分債務者が仮処分によつて普通に受くる損害よりも多大の損害を被控訴人において受くるものと断定することが出来る。一方本件仮処分によつて保全すべき控訴人の請求権は、建物収去土地明渡の請求権であり、右仮処分の取消によつて控訴人の受くることあるべき損害は、本案訴訟における控訴人の主張が貫徹して勝訴判決が確定した時に、被控訴人が建物を所有して土地を占有していることのため、土地の完全明渡を受けるまでの相当の時日を要することによつて生ずるその間の使用収益の不能による損害に外ならない。この損害は結局金銭的賠償によつて十分填補出来る性質のものである。従つて前記事情は民事訴訟法第七百五十九条にいうところの仮処分を取消すについての特別事情に該当するものといわなければならぬ。控訴人は、自ら仮処分決定に違背してその結果として異常の損害を蒙る事態を来たし右決定の取消を求めるのは条理に反する旨主張するが、成立に争なき甲第四号証によれば前記昭和三一年(ヨ)第十一号仮処分決定の目的物件には本件昭和三三年(ヨ)第十五号仮処分の目的たる建物は包含されていないのであつて、本件は違背した仮処分決定の取消を求めるのでなくて、仮処分に違背し、其の為に為された新な仮処分の取消を求める案件であるから、新仮処分自体について右に述べた特別事情があるかどうかを判断するのであつて、前記認定のように特別事情が肯定される以上、右主張は採用出来ない。その他控訴人の特別事情が無いとする種々の主張は、右認定事実により採用出来ないこと明かである。更に控訴人は本件家屋の占有を執行吏に移し、被控訴人の使用を許し占有移転、占有名義移転の禁止の裁判を求むる旨主張するが、民訴第七百五十九条に仮処分を特別の事情があるときに限り保証の供与を条件とする取消を許しているのであつて、この場合に仮処分により保全せらるべき実体上の権利の存否及び仮処分の理由の有無について判断する必要はないのであるから、仮処分の一部取消にあたる控訴人主張のような変更を許容する場合を考えられない。若し控訴人が譲渡禁止の仮処分を必要とし、それにて十分だと考えるならば、第一審にその申請を為す道が存在するのであるから、その申請をなすべきであつて、本件仮処分のような被控訴人に多大の損害を与える使用禁止の仮処分を求めるべきでない。従つて控訴人の右主張は排斥する。

控訴人は原判決の保証金が不相当であると非難し、被控訴人はこれを争つているから、この点を判断する。仮処分取消判決における保証金は、裁判所が諸般の事情を斟酌した上、民訴第七百五十九条の立法趣旨に合すべき金額を定むべきものであるから、当裁判所は成立に争のない疏乙第一号証の記載により認められる本件伊勢市吹上町四九三番地宅地五三七坪一〇〇価格が六十二万三千円と昭和三十三年度固定資産課税台帳に登録されている事実、本件記録編綴の伊勢市長の証明書(本件記録第十一丁、第十二丁)に価格について同地番家屋番号三八七号木造瓦葺平家建二〇坪は三十四万一千九百円、同七坪五〇は七万五千百円とその他の建物と共に昭和三十三年度固定資産課税台帳に登録されている旨の記載に、前記認定事実その他諸般の事情を参酌の上、金十五万円を保証金として立てしめるのを相当とする。この点に関する控訴人の主張は右の範囲において理由がある。右と異る原判決は変更をまぬがれない。

よつて他の争点に関する判断をする迄もなく、本件控訴は一部理由があるから原判決を変更することとし、訴訟費用について民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 県宏 判事 越川純吉 判事 奥村義雄)

別表〈省略〉

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